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第83回 中村高淑

『か、かね、おかね 〜予算オーバーのメカニズム』

つまるところ建築の設計とは、クライアントに代わって「お金の使い道を決める行為」なのかも知れない。

見積書の束と格闘し、減額案を徹夜で作成し終えた頭の中に"¥"マークが飛び交い、そんなことをふと考えることがある。
「金に糸目は付けない、好きにやってくれたまえ。」などとおっしゃる、粋な(?)クライアントにはこれまでに幸か不幸か出会ったことが無い。ということは必ず予算配分を考えて、それに即した提案をしてきたことになる。
にも関わらず、自慢じゃないが、予算オーバーしなかったことは十数年設計をやっていて一度か二度しかない。

「先生!予算は伝えてあったでしょ、なんでこんなに予算オーバーすんのよっ!」

なんて奥様方の怒りや悲しみが入り混じった罵声が聞こえてきそうだが、こればかりはしょうがないのである。
概算見積である程度は道筋を整えて設計を進める。でも実施設計後の初めの見積は必ずといっていいほど予算オーバーする。(あ、私は怒鳴られたことはないですよ。念のため。)

住宅を建てる、それもちょいと拘ったヤツを。多くの人は家を建てるのは初めてか、せいぜい3件くらいと経験が少ないから、あれもこれもと夢を詰め込みがちでどうしても予算オーバーする。
服や食料品などは消費行動の中で学習できるし、多少失敗しても諦めがつく。でも、家はそうもいかないし、そもそも建売住宅以外は値札なんて付いていない。

「私たちは素人だから。それをなんとかするのがプロなんでしょ!」

はい、ごもっとも。でもプロでもしょうがないのだただ、素人と違ってある程度の予測はできているし、着工できなかったことは一度も無いので落ち着いてはいる。少なくとも表面上は。

まぁ、実のところこちらは毎日建築やってるわけで、「あぁ、この要望はバランスが悪いから見積見たらたぶん無くなるんだろうな〜」と、なんとなくは判る。でも、その時点では「なんとなく」しか判らないのでなるべく多くの要望を満たそうと図面には書いておく。

予算の正確な把握ができないのことについては理由がある。

まず、同じ家は2軒と無いこと。これは業界最大手のハウスメーカーの社長ですら、自慢気にそうおしゃっる。(ハウスメーカーは"工業化住宅"と謳うのなら、ホントは同じ家を量産したことを自慢すべきだと思うのだが.......。)
一軒一軒オーダーメイドする建築家の住宅ではなおさらのこと、一軒ごとに個別の特殊性が強いので、詳細な設計終えて見積を取り寄せるまでは正確な金額はプロでも判らないのだ。

もちろん、種々のデータやこれまでの経験から、ヤバイ線を越えないようには抑えべきところは抑える。でも良心的な建築家ほど要望を多くかなえてあげたいと広いLDKに高い天井高、大きな開口部、床暖房や食洗機やら快適設備と満載し、クライアントの欲求を満たすべくしたためられた実施設計図にて見積に突入する。

だって、「それ結構高いですよ」に一言じゃ、諦められないでしょ。だから具体的な数字を見せるんです。

なるべく広くて、なるべく快適で、なるべく使いやすくて、なるべくカッコ良くて、なるべく安全で、なるべく予算を抑えて...。はい、判ってるんです。だからこそ、少しでもいい物を採用しようとする。
10万円のものと13万円のもので明らかに13万円の方が機能が高いとなれば、ちょっと無理して13万円を買うことあるでしょ?建築の場合は部品点数が多いし、金額の母数が大きいので3割程度高いものが数集まると簡単に数百万円、ともすると一千万円のオーバーにつながる。
それに、一品生産だから見積もる人のサジ加減で簡単に金額が変わる。
「この仕事は厄介そうだな、3人工のところ5人工で見ておこう」といった具合に人件費は経験と勘による言い値だったりする。いくら「そんなことはない、こうしてああして2人工でできるハズだ」と建築家が食い下がっても、相手あっての話し、誰も「うん」と言ってくれなければ、しょうがない。明快なハズの積算方式の見積であってもブラックボックスが生まれる。

かくして見積というのは予算オーバーから始まって、落ち着きどころを探して減額案を作成するとい手順になる。

言い換えれば、最初の見積はあなたの「夢の値段」、減額案は「予算の現実」という訳だ。
現実を見て落胆する気持ちは痛いほど判るが、そこはプロとしてクールによりベターな形で夢と現実の折り合いをつけようと減額案を提示する。ここで勘違いしてはいけない。建築家は神様では無いので安くて良い物は相当の工夫が無いと生まれない。そこが建築家のあるいは設計者としての技術でもある。

金額が大きくかけ離れた場合は、夢と予算がかけ離れていたか、建築家の経験不足か、施工者があまりやりたくない工事なのか、いづれかの原因がある。
2〜3軒しか経験の無い建築家ならいざしらず、何十軒と手がけている建築家が相手なら、夢と予算の乖離が大きかった確率が高い。ですから慌てて建築家を責めたりしてはいけません。一呼吸おいて冷静に減額案の提示を待つのが正しい。

予算オーバーが1割2割程度なら高めの単価を減額交渉したり、いくつかのオーバークォリティな仕様を見直せば意外とスンナリ下がる。3割以上だとさすがにグレードダウンだけでは間に合わなくて、諦めて中止する項目も増えてくる。5割以上は追加予算を覚悟するか、相応の苦痛を伴う設計の手直しが必要だろう。減額項目の中にはこれを止めるなら家なんか建てなくてもいいという項目も中にはあるだろうし、したたかに実は少し安めに予算の希望を伝えてあって、ポンと追加予算がでることもある。減額案の検討はホントに地道で気力のいる作業だ。

さて、そんなこんだで夢と現実の調整作業が終わり、無事工事契約、そして着工にこぎ着け、やっと家が完成!

先日、予算が厳しくて設計が難しかった家に雑誌の取材で伺ったときのこと。
インタビューアの「予算的な都合で何か諦めたところはありますか?」の問に、クライアントが一言、

「うーん、諦めたところは特にないなぁ〜。」

........そんなものです。(笑)

2006/09/30

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