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第71回  神田雅子

『 筆記用具 』

筆記用具が好きである。伊東屋などに行くと筆記用具売場を一通り眺めては、手にとってみる。「書く手はひとつでしょう」と相方に云われながら、目新しいものがあると買ってしまう。とても気に入ったものは失くした時のためにスペアも買う。高価なものはないが、本数は多く持っている。

「書く手はひとつ」はその通りで、いつでも1本のペンしか持つことはできない。年中使うものは数本だ。デザインや質感が気に入っていて、単純に書き易いと感じるものだが、そろって長さは短めである。長さ127 mmのカランダッシュは私の手にとてもなじみが良い。わずか数ミリの小さな差異の話であるが、そのペンは私の身体のサイズに合っている。

道具は身体により近いものほど、より長い時間使うものほど、自分の身体のサイズにちょうど合ったものが欲しい。琴欧州と安達祐実が同じサイズの箸で食べ、同じサイズのペンで書くことは不自然だ。

筆記用具は、誰もが使う道具である。高級品から景品で配るようなものまで非常に多くの製品がつくられている。そして、使い手の性別や年齢を意識しないところでサイズに多様性がある。ほかの道具と比べ気に入ったものを数多く見つけることができるのは、そんな背景も理由にあるのだろう。

2006/06/17

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