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第66回 諸我尚朗

『 鬼が来た 』

横浜の福寿氏(中国がルーツ)が支配人を勤める映画館、関内アカデミー1.2、黄金町の横浜日劇、シネマジャックアンドベティ、西口名画座は、去年突然閉館してしまった。どうやら平成16年秋の集中豪雨による河川の氾濫は、西口名画座に相当な打撃を与えたようだ。愛用させてもらっていた身にはつらい。
特に、黄金町の日劇は、昭和30年代の造りそのままといっていいほどで、映画館というよりは、映画小屋といったイメージで、バラックなその空間で観る映像の年代によっては、まるで自分がタイムスリップしてしまったような錯覚に陥る。御当地映画『濱マイクシリーズ』はまさに、日劇の2階が事務所という設定になっていたものだから、そのシリーズを日劇で観た日には、バーチャルなのかどうか、めまいすら覚えてしまう。黄金町という街そのものが、ある意味、昭和の暗い時代が横たわっているように思えるが、上映される映画も街が選んでしまうのか、レアでディープな題材が多かったように思う。
毎年8月15日前後には、やはりこの時期にふさわしい、さらに重い映画が上映されていた。
2〜3年前だったと思うが、蒸し暑い夕刻、日劇の通りを挟んだ目の前のジャックアンドベティで観た映画は、中国人の監督主演であるチャンウェンの作品<鬼が来た>であった。もう1人の主役として、日本人の香川照之。この映画のタイトルで、しかも日本人も出て、となるといささかダイレクトにそのストーリーは予想がついてしまう。僕も日本人として、受け止めるべき事は受け止めようと思い、観ることにした。
第二次大戦中の日本軍兵士と、中国の辺境のとある村と村人との物語なのだが、僕の予想していた映画とはとてつもなくかけ離れた結果となってしまった。
実はこの映画、2000年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得している。しかし、僕の知る限り中国はおろか、アジア諸国でも上映されていない。大反発を受けたのである。この手のものは、通常善玉は中国の民衆であり、悪玉は日本軍。民衆が立ち上がれば、悪玉を退治できるといったようなメッセージがあるはずなのだ。
この映画には、日本軍と中国八路軍(共和党軍)、国軍(国民党軍)が登場する。事を平穏にやり過ごしたい村人達は、その都度それぞれの軍に頼る。しかし騙される。なんと最終的には村人チャンウェンは、国軍将校の命令で、日本兵香川照之に首をはねられてしまうのだ。
こんな映画、アジアでうけるわけがない。不快極まりないはずである。さすがに僕も理解に苦しんだ。香川照之は、インタビューにこう答えている。台本を読んで、いくつかの解釈に疑問があったが、特に、最後にチャンウェンを処刑する場面の台本には、全く理解が出来なかった、と。しかし撮影が開始し、1ヶ月2ヶ月3ヶ月と進む中で、過酷とも言うべき、監督の要求と、中国での生活。演ずるのではなく、肉体の奥底から発する叫びと行動がたまたまフィルムに納められただけ。そのラストシーンには、あまり違和感を感じなくなっていた。何故?それは、自分がそれまでゆるゆるとした生活の中で台本を手にしていたからであろうと分析している。戦時中の極限の中で、人間の心の有り様は、、、狂気性は、、、。心の奥底に、自分でも気付かずに抱えこんでいるものを、チャンウェンは、俳優に対してその状況を作り、えぐり出してさらけ出してみせてしまった。
映画を観た後味の悪さはここにある。日本人はもちろん、アジア諸国の人々が観ても、同様にえぐり出されてしまうのだ。
鬼とは、日本兵ではなかったのである。直後、辻褄の合わないこんな映画は2度と観たくない、と思った。(もともと戦争映画嫌いだし)しかし、上映期間中にもう一回、その後も観た。
後味の悪さは変わらない。苦々しい。痛かった、、、、、、、、、。

狂気を思う時、どうしても耐震偽装事件が重なる。彼を取り巻く個人的な状況が引き金だったとは思う。しかし、社会の空気が、いつのまにかその土壌を構築していたのでは、、、、、。鬼は培養され、拡大した。
かくして、シェルターであるはずの建築は、広くて豪華で安い、という甘い言葉で吸い寄せられてしまった人間の、アウシュビッツになってしまった。狂気が、建築を殺人兵器に変換させた。


……………………TSUTAYAのアジア映画コーナーの片隅に置いてありました。

2006/05/12

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