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第50回 服部郁子

『記憶力』

最近とみに記憶力の衰えを感じる。
これは忘れてはいけない、と思うので意識して片付けるのだが、いざという時になると、忘れないように考えて片付けたというところまでの記憶しかない。 人生さきが少なくなってきていると言うのに、探し物に費やす時間が増えた。 固有名詞も覚えにくく、指示代名詞の使用が多くなっている。

かつては、(敢えて、若いころはとはいわないが)授業などで聞いた内容は意識しなくてもよく記憶できたものだった。 内容ばかりか、講議している先生の声や仕草、板書の文字、隣の席の子の表情や、その日窓の外に見えた景色や天候まで思い出すことができる。 そんなに、色々記憶できたのならどんなにか成績が良かっただろうというと、そう言うわけでもない。本に書いてあることは、なかなか覚えにくいのである。 試験前になると、ここに書いてあること全部、授業中に話してくれればよかったのにと恨めしく思いつつ、線を引いたり語呂合わせをしたり四苦八苦していた。

ものの本で読んだほうの記憶なので定かではないが、記憶には二通りあって、私の得意とするのはエピソード記憶というものらしい。体験したことの記憶である。平たく言えば思い出ということか。確かに、本も体験的に読んだものは記憶に残るような気がする。しかしついでに、それを読んでいた時の部屋の中の空気感、目をあげると見えたレースのカーテンの柄までも思い出す。 こんな雑多な記憶に占められた自分の脳みそを思うと、データが重すぎてメモリ不足の我がパソコンのようだ。パソコンのようにデータを消去したり、CDに焼いて取りだせたら、少しは記憶力も復活するだろうか。もっとも、そんなものをうっかり残してしまったら、あとに残るものにはおおいなる迷惑だが。

2005/12/30

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