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第41回 水口裕之

『ア〜ッ、夏休み』

 毎年のように「異常気象!」とどこかで騒がれているせいで、季節の変わり目といってもなんだかとてもあいまいになっているような気がします。それは盆も正月もあまり関係なく漫然と働いて一年をやり過ごしているからかもしれません。。。(自戒)
確か東京都心で、とうとう40℃を超えてしまったよという昨年に比べれば今年の夏は今のところ過ごしやすく気持ちのよい夏ですが、それでも自分が小さい頃に比べても確実に気温は高くなっている(地震の頻度も多くなっている気が、、)と確信しているのですが、それももしかしてただ単に歳をとったせいでそう思うのでしょうか?

 私は夏生まれで夏はとても好きなのですが、例えば6月や7月初めにどんなに気温が高くてもそれはやはり本物の「夏」とは思えなくて、最近やっと蝉が地面に這い出してきていっせいに鳴き始めたのを聴いて初めて、これぞ「夏」だと実感。田舎で生まれ育ったおかげで、蝉だけでなくいろんな生き物が常に身近にいて微妙な季節感というのを「虫の知らせ」よろしく教えてくれていたようです。
田んぼの蛙の合唱で夏がはじまり、ミンミン蝉にアブラ蝉、ツクツクボウシへ、入れ替わり立ち代わりで秋の虫たちへと、、いろんな音色によって言葉に言い表せないほどの微妙な季節感を感じることができます。横浜でも緑のそばなら結構聞こえてきますよね。

 数年前に「ぼくの夏休み」といったゲームがヒットしたように「夏休み」という言葉は仕事に疲れたオッサンたちにとって瞬間現実逃避できるオアシス的キーワードのようで、JRの国内旅行のPRなんかもその辺をうまーく、くすぐってきます。
高倉健さんがその昔「体で覚えたことは一生忘れない」などとのたまっていたように、五感を駆使して覚えたことは大変印象的で、夏という季節は自然がダイナミックであるのもさることながら、汗だくになって遊び続ける中でその身体的な感覚がとても寛容かつ鋭敏になっているのでないかという気がします。
真上から照りつける太陽に深い影。陽炎に濃い緑。蒼黒く宇宙が透けるような空。やけに立体的な入道雲。遠くの雷鳴。火照ったアスファルトにしみこむ夕立。立ち上る焦げた匂い。。。遠い夏に感じたそんなささいな感覚をいつまでもとてもよく覚えています。

毎年感じる、「夏休み」が欲しいというよりは、「夏休み」に帰りたい気分。おまけの「宿題」はずっと忘れたままでいいので。。。
井上陽水の「少年時代」を聞きつつ、映画「スタンド・バイ・ミー」でも見ようかという現実逃避的オッサンを見かけたら御勘弁を。

2005/08/01

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