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第27回 横山敦士

『住宅の名前』

 自分の設計した住宅を単に「○○邸」としないで、ちょっと詩的な愛称と言うか作品名をつける人がいる。これは植田実さんによると、生田勉が東京・小金井市につっくた木造住宅を、「栗の木のある家」と名付けたのを嚆矢とするそうである。

 住宅が竣工するとopen houseやら雑誌の取材などと、また違った忙しさがある。open houseや雑誌編集者への案内をするときにその住宅の呼び名を決めておいた方が便宜がよい。設計段階や施工中は当然のごとく施主の名前を使い「○○邸」で明快である。ところが、最近は物騒なので、雑誌やopen houseなどのときは匿名にしないといけない。

ちょっと洒落た名前を付けたい気持ちになるのであるが、いざ考え始めるとなんだか照れくさいというか、高慢なような気がしたりと、なかなか考えつかないのである。

 そこで、施主の頭文字を使い「n house」やら「k house」としている。それでも最近は物件数が増えて、同じ頭文字がダブることもあり、頭文字を二つ使う工夫もしている。

 音楽の世界には「標題音楽」と「絶対音楽」がある。題名を付けないことで聞き手に特定のイメージを持たせず、純粋に音楽を表現する「絶対音楽」。対してホルスト「惑星」のように、音で題名のイメージを表現しようとしている「標題音楽」。

 ベートーヴェンの有名な「交響曲第5番」が標題音楽のように「運命」として親しまれているのは日本だけなのだそうだ。「運命」という題名だと思って聞くと冒頭の「ジャジャジャジャーン〜」が運命のドアを叩く音に聞こえるから不思議。

 オランダの画家フェルメールが好きだ。フェルメールのなかでも最も有名で人気のある作品に「青いターバンの少女」があるが、こらは「真珠の耳飾りの少女」とも呼ばれているはずである。フェルメール自身が作品に名前をつけていたとしたら、呼び名が二つ存在することはないのではないだろうか。絵画も作家がつけた作品名でなく、後の画商や研究者が便宜的に呼び名を付けたものが多いのかもしれない。

 名前は人からもらうものなのかしら。
2005/02/22

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