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第253回 藤本幸充

『 ベンガラ 』

塗料である。
スペイン、アルタミラやフランスのラスコーといえば世界史に出てくる古代の洞窟壁画で有名だが、そこで使われた赤の色がベンガラといわれるごとく、昔からある、世界最古ともいわれる塗料である。地中に鉱物としてあるので塗料というよりは顔料といった方がニュアンスが伝わる。
日本でも縄文時代の土器で使われたりしているが、江戸時代の後期1700年初頭から岡山県の吹屋で60年ほど前、つまり1950年代まで人工的に生産されていた。
学生時代、文化財保護法の改正が施行され当時失われつつあった歴史的町並みの保存が始まり所属の研究室でも倉敷を重要伝統的建造物群保存地区に指定すべく事前調査を行っていた。私もそれに加わり、現地に赴き、調査の合間に広島県との県境に近い山奥の吹屋を訪ねたのである。当時の吹屋は全くのゴーストタウン、人気なく、ただ赤いベンガラ格子の屋並みが印象に残っていた。1977年のことである。
陶芸家は赤の色付けのためにベンガラを使う、柿右衛門の赤が有名だが、ある時、建主の陶芸家からアトリエ兼新居を建てるにあたって、どこかにベンガラを使ってほしいと頼まれた。戸惑ったが、ベンガラは粉末に近く、今話題のPM2.5の半分くらいの粒子である。したがって溶液にパッと広がる。これを漆喰に入れてみるとほんのわずかでピンクに染まる。面白くなってきてさらにベンガラを加えてゆくと、赤に近い、これは京都、島原の揚屋、角屋の赤壁ではないか!そういえば修学院離宮でも、金沢の茶屋町でも見覚えがある、昔の職人はこうやってベンガラを使ってたのか!
ところで、ベンガラに松煙(煤、スス)を混ぜてゆくと赤茶から、濃い紫、そしてわずかに紫がかった黒、に至るまで微妙な諧調を楽しむことができる。それを知ったのは、その後福井の古民家を北鎌倉に移築し、美術館を建てるプロジェクト(1998年)に於いてであった。以来プロジェクトの多くに木造の構造体を表し柱、梁にベンガラを塗っている。
白木の節が目立たない、下地材が立派な仕上げ材に見えてしまう、防虫、防腐効果があるなど使う理由はいくつかあるが、なんといっても陰影である。
ベンガラは陰影を備えた素材ではないかと思う。光があっての陰影であって物理的にはあり得ないかもしれないが、塗るたびごとにその陰影の際立ちに心惹かれる。
予算がなければ建て主と共に建築家も塗装作業を行う所以である。
白木のままでなくっちゃ、木の素材感がなくなる、など、大工とケンカするほどの抵抗にあったこともある。が、この大工の白木信仰は比較的、新しく、江戸時代の桂離宮も現代の修復報告で天井、柱、鴨居、敷居に至るまで塗られたことが判明、その前の千利休も白木の檜の広間とベンガラに煤を混ぜたと思われる色付け九間之書院を聚楽第付近に造り、塗った場合と塗らない場合、双方の究極を楽しんでいたようだ。 
このように木にベンガラを塗って初めて、引き出される素材感もある。

2013/07/06

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