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第238回 横山敦士

『 枯れ葉やくざ医師・知的生産の技術/梅棹忠夫 』

海外からのメールで、和文がつかえないという理由で、ローマ字の手紙をうけとったことがありませんか、あれは往生しますよね。「KAREHAYAKUZAISHI」はどう読みますか。「彼は薬剤師」ならいいですが、「枯れ葉やくざ医師」ですとなんともすさんだ感じ・・・。普段、読み方は、漢字に頼っている部分がおおきようです。

今西錦司の門下で、生態学から出発して文化人類学にいたった梅棹忠夫。先日、そのウメサオタダオ展にいってきました。展示でおもしろかったのは、カタカナタイプライターです。梅棹忠夫は、文章をかくのに、カタカナタイプライターを使用したのです。さらにカタカナタイプライターが開発される以前は、日本語の作文でも英文タイプライターをつかっていたようですから、驚きです。その理由は、梅棹忠夫の「知的生産の技術」(岩波新書)に詳しく書かれています。

英文では、単語と単語の間にスペースをいれるのが当たり前です。英文タイプライターでTHISISAPENと打つと意味がわかりませんが、THIS IS A PENなら簡単です。これを「わかちがき」といいます。

梅棹忠夫はカタカナタイプライターを使用するときには、この「わかちがき」を用いています。さらに、漢字を使わなくとも意味が理解されるように細心の注意をしているのです。ある意味、不自由になることで、言葉を大切にしていたのです。

建築は言葉に喩えられることがあります。単語と単語が接続されて一つの文章になるように、建築は部材と部材を接合して空間をつくります。住宅が一つの文章ならば、台所 食堂 居間 寝室などに「わかちがき」することができます。このことは、「ぶんせつ」という言葉をつかって説明されます。「分節」と「文節」です。

自分の住宅をかえりみると、台所 食堂 居間のようには「わかちがき」されていません。台所食堂 居間となっていたり、台所食堂居 間だったりします。既存の分節ではない分節を見つけることで、その人の暮らし方にこたえたいのです。とはいえ、くれぐれも、枯れ葉やくざ医師、みたいにすさんだ感じにならないようにしないと。

2012/03/31

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