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第225回 宮 晶子

『 都市の音 』

事務所として借りている馬車道大津ビルは、1936年竣工の80才近いビルです。天井が高く、鉄製の古くて分厚いドアなど、時を経たもののもつ魅力がある空間です。が、そのようなものとしての側面だけではなく、最近とてもいいと思うことがあります。

それは、あまり気密性の高くない、上げ下げ窓から聞こえてくる街の音です。引っ越してきたころは、どこなくヨーロッパのホテルにいるみたいな車や人の声が聞こえる場所だなと、思っていましたが、それは、街の特性なのかと思っていました。たしかに、都市部であるということと道幅と建物の高さの関係から音の響き方が近いものがあるのかとも思います。

ところが、このあいだ、近くの比較的新しい著名な建築家が設計したオフィスビルでランチを食べている時に、なにか居心地に違和感を覚え、何故だろうと暫く原因をさがしてみると、街の音がしていないのだと気がつきました。大きなガラス窓から車が行き交う姿が間近にみえるのに、その音がほとんど(いや、まったく)聞こえないのです。それほどに、気密性と遮音性が高いのです。窓もほとんど開きません。ということは、ここで働く人たちは、一日中、街の音が聞こえないところにいるということになります。

大津ビルは、夕方には保育園帰りの子供の声が聞こえてきますし、夜にはよっぱらいの大声や、たまにはだみ声の歌がきこえてきます。となりの芸大生の立ち話しは少々うるさいくらいですが、車の行き交う音やたまに響く急ブレーキやクラクションの音、宅急便の台車の音や、雨の音、日常の音が聞こえることは、とても心地がいいのです。映画制作などでは、こういう室内の暗騒音のことをルームトーンとよび、部屋ごとに採取してくるそうです。

都市の音が聞こえるルームトーン仕上げ。見えないけれども、これも大切なデザインのひとつです。

2011/09/05

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