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第223回 藤江 創

『 遅ればせながら被災地ボランティアに 』

大学院時代からの友人で、横浜で「スタジオエイト」という設計施工の事務所を主宰している木内さんから唐突のお誘い。
「今週の金曜日の早朝から、土曜日の夜にかけて、被災地の仮設住宅に網戸を取り付けにいくんだけど、一緒にいかない?水曜日までに人数を確定しなきゃいけないんだけど、どうかな?」
予定を確認。みごとにあいている。この時点で火曜日。
「家族の同意を得てから、連絡するね。」
妻に相談。快諾。われながら良くできた妻。翌日同行することを伝えた。
そういえば、阪神淡路大震災のときは大学卒業の時期で、卒業制作を出したあと、現地の段取りを何も考えずに単身向かったなぁと思い出した。
今回は現地での作業は1日半くらいだけど、求められていることとやることが決まっているみたいなので、そのなかで自分のやれることをやろうと、インパクトの充電と工具を詰め込み、当日に備えた。
金曜日の朝3時前に迎えが来た。施工スタッフの青木さん。若くて無口。誠実そう。彼の軽トラに乗って、木内さんたちと合流し、レンタカーのバンに乗り換える。3:30横浜出発。
帰省ラッシュに重なったようですごい渋滞。南三陸町に着いたのは14:00。現地にはライフ&シェルターという設計事務所を主宰されている、相澤さんが待っていた。実は相澤さんから網戸取付ボランティアの話が発信され、木内さんはそれに賛同したのだが、現地で相澤さんから話を聞くまでは、どの仮設住宅でどんな形の網戸をつけるかは不明だった。とにかくいかようにもできるようにスタジオエイトの施工部門を主宰している、三品さんとスタッフの青木さんに同行いただいたとのこと。
南三陸町の状況は、テレビの映像やネットの映像どおり。ただ映像と実際はここまで異なるかと衝撃を受けた。建築が根こそぎなくなっている様は、阪神大震災よりも衝撃的だった。
さて、仮設住宅へ。大きな運動公園の一角に建てられた仮設住宅郡。そこの千葉さんが今回の話のきっかけを作ってくれた方。仮設住宅は様々なハウスメーカーや施工会社に発注されており、細かな仕様が異なる。ここ南三陸町はカキやホヤの養殖が盛んな地域。津波の影響で養殖用のネットが使い物にならなくなり、その撤去作業が始まると、その数日後にハエが大量発生する。千葉さんの住む仮設住宅は、玄関側の開口は、玄関ドアのみのため、そのドアを開けなければ風が抜けないのだが、ドアには網戸がついていない。とにかく夜は眠れないほどハエが飛び回るとのこと。仮設住宅の中には網戸付きのドアがついているものもあるそうだが、仮設住宅の仕様書にはそこまでは記載されていなかったようで、行政としては対応できないそうだ。既製品で玄関ドアにつけられる網戸は2、3万円で売っているが、流された自宅を再建することを目指している住民には、仮住まいの仮設住宅にその出費を強いるのは酷だ。
千葉さんに使い勝手などの要望を聞き、現状を把握し、寸法を図り、必要な部材を検証し、試作。なんとなく上手くいきそうというところで当日の作業を切り上げ、ホームセンターに必要な部材の買出し。考えたことが上手くいくか、晩酌お預けの状態で検討を行い、うまくいきそうだということを確認した後、とりあえず飲む。宿泊は仙台まで移動して、仙台メディアテークの甲斐さんのお宅とそのスタッフの細谷さんのお宅。私と青木さんは細谷さんのお宅にお世話になった。
朝、ホームセンターが開く時間に出発。少し手間取ったものの、必要な部材を買い込み、南三陸町に戻る。とりあえず、千葉さんの家を実験台として、初めに設置し、細かい仕様を確認。意外と上手く納まっている。千葉さんに、点数を聞くと、95点という大甘な評価。でもそれに気分をよくして、時間に追われながら、計12住戸の網戸を完成させた。「10匹中8匹は入ってこない」をうたい文句に取り付けさせてもらったが、皆さんに感謝いただいた。既製品の網戸を取り付けていた住民には、もう少し待っていればよかったといわれ、少し申し訳ない気持ちになった。
18時過ぎに作業は終了し、その後に千葉さん宅で、絶品の煮物と玉こんにゃくと漬物と焼きおにぎりと。。。話は盛り上がり、このまま朝まで、、、ともいかず19時過ぎに出発。帰りの車から花火が。そういえば、今日花火大会を見に行くとか言っている住民がいた。少し車を停めて花火を見る。素敵なご褒美。でも、花火で照らされる瓦礫の山に切ない思いを抱いた。

写真:5ヶ月たってもこの状況。ニュースと現実のギャップに唖然としました。
2011/08/27

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