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第212回 宮 晶子

『 青少年センター 』

横浜に引っ越してきたのは小学5年生の時。小学校の課外授業で紅葉坂にある「青少年センター」には、何回か行った記憶がある。 それが、日本の戦後建築を牽引した前川国男氏によるものと知ったのは、もちろん、ずいぶんと後になってから。

子供にとっては、のっぽになったり、太っちょになったり、歪んだ鏡の前で友達と競って前に立ち、滑車の力で重たいものを軽々持ち上げ、机の前に座る授業から開放されて、とても楽しい出来事だった。だから、それらのでき事は、大きなガランとした"ドウクツ"のような空間と一体に、とてもよく覚えている。

馬車道に事務所を持つようになったのは、それから20年以上たってから。事務所を移してしばらくたった2001年ごろ、たまたま近くを通ったので、ふと、入ってみた。ら、小学校のころと変わらない。高い天井の下、置いてある位置もそのままに、歪んだ鏡や滑車があった。1970年代製の宇宙服を着た、案内役のマネキンもいて。今は21世紀?だったはず、と思いながら、軽く2,30年をタイムスリップ、して小学生に。

マネキンに誘導された3階には、プラネタリウムがあって、木製のチケット売り場は西日に照らされ永遠に輝いていた、ように見えた。

そのあとすぐに、改修工事がはいったらしく、もうタイムトリップはできない、の、かも。

しかし、そんな時空に惹かれたのは、わたしだけではなかったようだ。その後まもなく、利重剛監督の「クロエ」という映画でデジャブのように再会した。わたしの最も好きな小説の一つボリス・ヴィアンの「日々の泡」の映像化。その冒頭、まぼろしのプラネタリウムがいまは亡き岸田今日子と出てきたのだった。

好きな場所とは、よく行く場所だけではないのだな。と、好きな場所を回想しながら、思う。

2011/03/19

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