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第207回 後藤 武

『 二つの塔 』

肌寒い日だったが、三ツ沢公園への散歩の途中父親が関係者と知り合いだとかで、三ツ沢公園に新しくできた平沼記念体育館展望台を案内してもらうことになった。1970年の秋のことだ。円筒形の造形に陰影のある西日があたって、ずいぶん不思議な感じだった。上の展望台まで案内してもらって、横浜市民病院の方に沈んでいく夕日を眺めた。ちょっと空虚で寂しげな感覚は、それが季節からくるものだったのか建物そのものの特性だったのか、今となってはもうわからない。

その建物が芦原義信という建築家の設計だと知ったのは、大分あとになってからだった。横浜市民病院も芦原氏による設計である。あの展望台にのぼったのは、実はそのとき一度きりだ。一度きりだからこそ、最初の記憶が鮮明に焼きついているのかもしれない。その後のぼることがなかったのは、あの建物に興味がなくなってしまったからではない。遠くからいつもぼんやりと眺めつづけてきたのだ。むしろだんだんと興味は高まっていったと言っていい。この文章を書きながらもう一度のぼってみようかとも思ったのだが、やめた。そういえばマリンタワーもランドマークタワーも、展望台からの記憶はほとんどない。記憶に残るのは、いつも遠くから見上げる姿ばかりだ。

高校に入って美術や写真などに傾倒していくようになり、ベルンハルト・ベッヒャーが大判で撮影する給水塔やジョルジョ・デ・キリコが油画で描き出す不思議な塔を眺めたりするようになった。そこでも塔は、寡黙に距離をおいてただそこに存在していた。そこに惹かれた。三ツ沢には、実はもうひとつ塔がある。戦没者慰霊塔だ。平沼記念体育館から道路を一つ隔てた森の中にあるその塔は、何とも近づきがたい雰囲気を漂わせていた。こちらには展望台は、ない。下から見上げるだけのものだ。アドルフ・ロースという建築家がかつて、建築の中で唯一芸術といえるのは墓だけだと語っていた。使用に供する機能をはぎとられ、人がその下で眠っているということだけを指し示す石。それが墓だ。塔は、遠くから眺めるのがふさわしい。

2010/10/16

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