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第199回 後藤 武

『 三ツ沢ジャンクション 』

軽井沢公園は人が少なくて草野球をするにはちょうどよい場所だったから、その頃はよく通っていた。公園の裏が切り立った崖で鬱蒼とした森を作りだしていた。あの向こうにはずっと森が続いているにちがいないと思っていたが、足を踏み入れたことはなかった。ところがある時突然、その森の断崖にぽっかりとコンクリートの巨大で空虚な穴があいて唖然とした。うかがい知れないはずの森の世界を、あっけないほど突然にコンクリートの人工物が貫通した。動かないはずの森が動いてしまったような感覚だった。高速道路のトンネルだった。

別のある日、今の横浜国大の近くに広がっていたすすきの生い茂る丘をはじめて越えて行ってみたとき、そこに広がっていた風景もまた唐突で意外なものだった。すすきの丘は突然途切れて、張りめぐらされたフェンスの遥か下には、真新しいコンクリートの高架道路が続いていた。丘の崖上からおそるおそる覗きこんでみると、まだ誰も通ったことのないその道は、しばらく先でぷっつりと途切れていた。たぶん日曜日だったのだろう。工事の人も誰もいなくて、まるでそのまま置き去りにされてしまったかのようだった。

すすきの丘から北軽井沢までずっと歩いてみてはじめて、これらがつながって一つの道になろうとしているのではないかと思いはじめた。森の裏は森ではなく、新しい都市だった。ずっと続いていくのだろうと思っていた風景が突然途切れて、まったく別の種類の風景が占拠しているのを目にした驚き。自分の小さなテリトリーが徐々に広がりつつあった頃、世界の縁をのぞき見たくてしょうがなかった。もっと小さい頃は家の裏の境界を流れる小川というよりドブを覗きこんで転落したりしていた。縁は、ほとんどの場合あっけなく暴力的だった。縁は実はすぐそこにあって、どこまでも続いていくものなんかないのだと感じた。もう少し大人になってジャン・ジャック・ルソーの『孤独な散策者の夢想』を読んでいたとき、急にこれらの記憶がよみがえってきた。同じ感覚をルソーが記述していたからだ。

三ツ沢ジャンクションを車で走るとき、あのときの感覚がよみがえってくる。夢から覚めたような失望を引きずりながらも、壮大な人工物の世界に目を奪われたあの感覚だ。今、北軽井沢のトンネルを抜け、首都高速の横浜駅西口方面へ出る瞬間、その一瞬だけ視線ははるか下から崖の上を見上げていたあのときのものになる。トンネルを抜けて右に大きく曲がると、まもなくみなとみらいがあらわれてくる。首都高速はどこまで続いていくのだろう。

2010/06/05

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