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第198回 栗原正明

『 雨の夜に横須賀で 』

先日、横須賀へ行く用事が有って、以前友人から教えて貰った喫茶店に立ち寄った。
月印と言う、昔医院だった建物を改装したお店。
生憎雨で月は出ていなかったけれど、却ってゆっくり、居心地の良い時間を過ごす事ができた。

お店の中に流れていた音楽は大体ジャズで、知っている曲と知らない曲が半分位づつ。
その中で一番雰囲気に合っていたのが、チェット・ベイカーの歌だった。
彼の音楽を雨の夜に横須賀で聴いて、しっくり来ると言うのは意外だったけれど、少し歩けば米軍の基地が有る街なのだから、不思議ではなかったのだろう。
そこには録音当時の彼と同じような若者が居て、同じような曲を歌っていたかも知れない。

そして皮肉と言うにはつら過ぎる事に、この文章を書いている日のちょうど65年前、1945年5月29日には、同じ国の軍隊が横浜の街を火の海にしたのだった。
当時、私の父とその家族は、菊名と言う所に暮らしていたのだが、市の中心部から少し離れていた事も有って、直接の被害は受けなかったらしい。
けれども、前に住んでいた家や親類の家は焼けてしまって、そこで亡くなった人もいたそうだ。
その時やって来た爆撃機にも、チェット・ベイカーのような若者が乗っていたのだろうか?

でもそれは、今この文章を書きながら、思った事。
あの夜は、温かいコーヒーを飲みながら、どうして自分は昔から横須賀の街に惹かれるのだろう、などとぼんやり考えていたのだった。

2010/06/05

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