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第193回 池和田有宏

『 道について 』

私が子供の頃の道路は、現在と違い未舗装の方が多かった。
道路舗装の達成率を高くする事が急務だった時代の話しです。
未舗装道路に多い水たまりは子供にとって不思議な存在であった。下に見える空に落ちてゆくのではないかと怖々覗いたものです。
現在では未舗装の道路の方が珍しいので、そのような細い路地に偶々出くわすと自然に心が和んでしまう。
道路側の土の部分に雑草等が生えているとなおさらこの感を強くします。
何故心が安らぐのか、建築家の視点で考えてみます。
土がむき出しになると、道路と敷地との境が曖昧になる。この境界の曖昧さに着目してみました。
中国の黄土地帯の民家では、黄色い土の道路が、そのまま民家の外壁へと繋がってゆきます。
又ヨーロッパの田舎町では、石で舗装された道路と古い石積みの、民家の外壁が縁石も無く繋がり、石の間に雑草が生えていたりする風景を目にします。
それらを見ていると、建物が既に自然の一部に風化したような印象を受けます。
以上は私の好きな、心安らぐ風景です。
さて現在の日本では、コンクリート製の縁石が道路境界を明確にしている街並が一般的になっています。
数年前、鵠沼海岸に新築した家の前面道路は、アスファルト舗装のみで縁石が無く、敷地のコーナーに杭のみで道路境界が明示してありました。
施主は縁石を設置する事を提案してきましたが、私は縁石無しで施工するよう、自分の考えを述べ、そのようにやってもらう事になりました。
こうしてエッジの曖昧なアスファルトの道路が、塀を設けないままに、緑の芝生に移行してゆく風景が出来上がりました。
些細な事と思われるかもしれないが、私にとって、このポエジー感覚はこだわってゆきたいところです。
実現不可能と思われる提案ですが、道路の端30センチ程を土のまま残し、そこを草の生える自然な状態にしておくような条例が施行されると、町の風景は随分変わると思います。
私は日本の町の風景を駄目にしている電柱の撤去と、私のこの提案が何時か実現する事を願う次第です。
写真は自邸近くの、私の好きな道路です。ざっと観察して見ると、草花ではスミレ、タンポポ、ツルニチニチソウ、シャガ、品種改良した黄色いカタバミ、ハナニラ、等が眼に入ります。
昼食事時に通る、道路沿いのこの脇道は、これからしばらく私の眼を楽しませてくれる事でしょう。私はシャガの満開の頃の風景が一番好きです。

2010/04/09

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