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第189回 野口泰司

『 10羽ほどの群れをなす渡り鳥に出会った!/私の横浜 』

10羽ほど群れをなして渡り鳥(カルガモ?)が泳いでいるのに出会った! このところ、3羽の渡り鳥が水面を滑るように気持ちよく泳ぐのを何回か見ていたが、10羽もの群れに出会うのは初めてだ。 冷たい空気が肌に刺す冬の朝の散歩の途中での出来事である。 数年前まで、この都会、横浜の身近な川に渡り鳥が飛来しているなど、私は思ってみたこともなかった。

瀬谷にある自宅の近くを和泉川が流れている。 そこには、写真のように、都市の中では得難い「自然」がある。 川沿いの道を、私と同じように、朝夕、多くの人達が散歩や、ジョギングを楽しむ。 和泉川は、このあたりから少し上流にある瀬谷市民の森を源流とし南に下り、途中、境川と合流、河口近くで柏尾川とも合流して江の島に至る。 源流がこんなにも身近にあることを地図の上に発見した時も新鮮な驚きがあった。 江の島から遡ってハイキングしてくる人たちの群れとも良く出会う。

実は、私が散歩しジョギングをし、特に意識することもなく、ただ純粋に気持ち良く「自然」を感じ、楽しんできたこの和泉川の風景が、人の手で人為的に修景されたものであることを知ったのはかなり最近のことである。

横浜市の都市整備局に都市デザイン室と云う部署が有る。 確か飛鳥田市政の時代に東大から田村教授を招き、横浜の都市デザインが本格的に開始された時に端を発し、この都市デザイン室が伊勢佐木モール・元町・中華街等の修景を推進、都心部のプロムナードづくりやライトアップ、赤レンガ倉庫の仕事、その他数多くの都市デザインを展開し、その成果が重層的に蓄積されてきた。 和泉川の修景(親水公園化)も実は都市デザイン室の水と緑の街づくり事業の一環であった。 こうした横浜市の一連の都市デザインは2006年度のグッドデザイン金賞に輝くことになった。

私の楽しんでいるのは、これまで無味乾燥に切り立った和泉川の人工的な護岸と川底を、可能な限り自然護岸、自然堤防に戻す手法で、その安全性を周辺住民に説明し説得しながら、都市デザイン室が実現してきた風景であった。

川原が芝生を張ったように美しく見えるのは生い茂る植物を秋の終わりに人が刈り込んだ成果であり、清掃の行き届いた風景は多くの周辺住民のボランテイア活動によるものであることも、散歩やジョギングの途中、その作業風景に出合って知った。

冒頭の写真の冬枯れた景色は、春になると木々や草々が一斉に芽吹き、薄黄緑の靄んだような柔らかな風景へと変貌し、花を咲かせた後、夏の強い日射しを浴びて、力強く濃い緑の景色に変わる。さらには秋を迎え紅葉、冬に向けて葉を落とし、枯れ、再び冷気の漂う薄茶褐色の冬景色となる。

2010/01/15

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