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第182回 宮 晶子

『 馬車道エトセトラ 』

事務所のある馬車道界隈は仕事場としてとても居心地がよい。街のスケール、古い建物、いろいろな要素が組み合わさってのよさなのだが、その中でも、お店やオフィスそして、住宅が混ぜこぜにある街であるところがとても気にいっている。4~5階建てのいわゆる下駄履き型といわれる、1階~2階の路面店が下駄のハのような壁にへだてられながら並び、その上が住宅になっている建物がここにはいまでも多く残っている。

馬車道の続き、伊勢佐木町の入口から分岐する画廊の多い吉田町も好きな街だ。そこも多くの下駄履き型がある地域で、ある時、その路面店のショウインドウをブラウン管あるいは舞台にみたて、数カ所で同時に1~2人劇がくりひろげられた(※)。ランチの帰り、いつもはない素敵な古本屋ができたので入ってみると、3日間のお店で、かくかくしかじか、なるほど。。夜になってさっそく行ってみたら、その古本屋の中では気になる女の子に声をかけられないでいる男の子が。その心の動きは電光の文字版にうつしだされ、その光景を街からそっと見守る。となりでは離婚してパリに旅立つ妻と最後の夕食をつくっている夫、また数軒いくと筋トレにいそしむ夫の横でピアノをひく妻、路上では、恋人をまっている女の子、あきらめて帰ったあとに、到着した、、など、設定はちょっと記憶の中で変わっているかもしれないが、同時多発的に街の中ではいろいろな出会いと別れ、あちこちでちょっとだけ悲しかったり、ちょっとだけ切なかったり、声はなく心の中を文字で読みながら街の中を見て歩いたあの感覚は今でも懐かしい。

また、馬車道や吉田町などの界隈での居心地のよさは、街の人との関係にもある。なぜだかお店の人とフラットに親しくなれるのだ。ランチに何度かいくと、自然に笑顔でご挨拶。でも、常連さんとお店の主人というような特別な感じではなく、どちらもえばらず、軽やかで気持ちがいい。なんとなく顔見知りが街にいるという安心感がいい。

それから、最近のこと、事務所で夜コンピューターのマウスをするするといじっていると、窓のそとから、突然、張りのある女の人の声で、わたしの好きなシンディ−・ローパーの「time after time」が流れてきた。しばらく聞き惚れて、どこからかしらと窓辺に近きブラインドをあけると、パタリと歌声がやんで、あれ、っと、暗闇をよくみると、窓の真向かいの下の方、馬車道駅の5番出口のすぐそばのビルの前にいる人がふたたび唱いだし。。あわてて窓をはなれ、マウスをするする、、一曲おわると、また静寂がもどった。あれは、なんだったのだろう。

横浜の好きな場所ということで、馬車道からみで思いついた徒然なこと、どこか根っこでつながっていような気がします。

※La Marea Yokohama

2009/11/07

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