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第177回 池和田有宏

『 私の住む街 』

この街に住んで30年程になる。その間に街の風景も随分と変わった。
当初は急行の止まる駅にしては廻りの緑が多く、こじんまりとしている佇まいが気に入っていた。十数年程前にその駅前風景が大きく変わった。地主がゼネコンと、等価交換方式でのマンション建設に踏み切ってからだ。デザインも正面にバルコニーが横に繋がるごく一般的な建物である。それ以来、民間の小さなアパートも増え続けている。特急が止まるようになり、それが拍車をかけているように思う。或る日行きつけの食堂の二階から、駅前に広場の無い周辺の風景を改めて見直して見て、電線に絡まれた殺風景な様子に改めて驚いた。
私は建築設計をしている職業上、廻りの建物やそれらが集まった街の風景には、どうしようもなく気になってしまうようだ。
この街の風景の変換は多分、日本の至る所で起こっている、ごく一般的な現象です。
日本経済がバブルに沸いていた頃、外国の資本が不動産市場入ってきた事により、特に商業地区の地価基準が大きく変化した。それは従来、ネイムバリューから何となく決まっていた地価が、上物を建築した場合の採算から逆算した地価基準への変更だと聴いている。
資本主義により形成されてきた街並に対しては、地価基準も同様に、資本主義の原理により決まってゆく方が筋と言えるだろう。同じ事が住宅地の地価基準に適用され、その要素の一つに、街並の風景が加われば、日本の街並も変わってくれるだろうか。
数年前、逗子市に設計した住宅地はその件に対して、非常に厳しい街の条例が敷かれていた。電線は全て地下に埋設され、空調の屋外機やテレビのアンテナ及びブロック塀等を見せる事は一切禁止されていた。違反した場合は撤去した上での変更を強制される。これは当初の宅地造成からの強い決まりの上に初めて成立する事なのだが、住んでいる住民にしても、土地の売却に際してそれなりの付加価値で売る事が可能になる利点がある。このように、住民協定の基に成立している街並が、少しずつでも増えていって欲しいと思っている。
銀行の考え方にも問題がある。十年で建物の担保価値を大幅に減らし、土地そのもの価値しか認めない反面、二世代ローンを提供している態度は大いに矛盾している。
日本の住宅の平均建て替え寿命は短命で、三十数年と言われているが、この事が理由の一因だと思う。
今ファッションの世界では、古着市場がにぎわっているが、住宅の中古市場も盛んになって欲しいと前から思っていたが、その傾向にあるとは聴いている。

2009/09/26

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