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第160回 栗原正明

『 建てないと言う事 』

自宅から仕事場へ歩いて行く途中に気になる場所が有って、その前を通る度についついそちらを見てしまうと言う事が有った。
何十年か経つだろう古い長屋が建っていて、道に面して4つの玄関が有り、その内1つの内側が黒焦げになっているのが見えたのだ。
住んでいた人がぼやでも起こしてしまい、そのままになっていたのだろう。
窓に有ったはずのガラスが無くなって半分溶けた網戸が残り、中には蝙蝠でもいそうで気味が悪かった。

気になり出した後も暫くはそのままになっていたので、商売柄、改修をするとしたらどうするのかとか、建て直すのだったらどうかなど、勝手な想像をした事も何度か有った。
建物を持っている人はだいたい解っていたから、図々しくこちらから何か提案をしようかとも思ったが、火事場を見つけて新しい建物の提案をすると言うのはさすがに不謹慎だと言う気がして、結局は想像以上の事はしないままだった。

そうこうする内にとうとうある日、良く知られたハウスメーカーの看板が立てられて、建物の解体が始まってしまった。
そして何日か経って建物が無くなり、土地が更地になってみると、驚いた事に周囲の風景が全く違ったものに感じられたのだった。
古い農家の屋敷に続くその場所は、かつては緩い傾斜を持っていただろうと想像され、ゆったりとした魅力に溢れていた。
それまでそんな事には全く気付かなかった自分の目には少しがっかりしたが、見過ごしていたものを発見できたと思うと嬉しくもあった。

ここには何も建たない方が良い。
何かを調べた訳でも論理的に考えた訳でもないのだが、その場所を見ているとそう思えて仕方が無かった。
建築家は建物を設計するのが役目なので、建物が建たなければ仕事にならない。
自然と、土地を見ればどのような建物を建てたら良いかと考えてしまう。
しかし自分の場合、本当にやりたいのはそう言う事ではないのかも知れない。
その場所での些細な経験のお陰で、自分の職業さえ疑う事になってしまった。

2009/04/03

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