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第157回 池和田有宏

『 昔の建築当時を振り返って考えた事 』

製図室
食堂

現在設計事務所兼住宅として暮らしている我が家は築32年程経っている。建築を設計し始めたばかりの頃の作品です。
或る建築雑誌社から、その建物を取材の対象にしたいと言う話しが来ました。今までに、設計した施主の家を掲載させてもらった事は何度もあるが、自分が昔設計した建物については、考えてみた事もなかったので少々驚きました。しかし取材のテーマが“家に長く住む”なので、対象になる資格は充分にあるのでしょう。
日々仕事として設計をしていると、知らず知らずのうちに変化している自分の建築設計に対する考え方には気付かないものです。
これを機に、果たして変化している自分と変わっていない自分は何処なのだろうかと考えてみる事にしました。
最初の原型はRC造の上に木造を乗せた、ハイブリッド構造の建物でした。
5年程前に鉄骨の平屋造を増築したので私はハイハイブリッド構造と呼んでいます。
増築は1階の事務所の拡充と、屋上に物干のためのスペースが必要になった事からで、わざわざ鉄骨造にしたのは、階下の部屋の断熱性向上のための屋上緑化が目的でした。
機能的な部分の変更を伝える事は説明し易いのですが、この間に変化してきた設計に対する私の考え方は、私だけにしか解らない部分で、なかなか説明のし難いものです。
今では、設計する際に設計条件から全体のコンセプトを探り、個々のディテールへと入って行く一連の流れの中で作業を進めて行きますが、当時はそのコツがなかなか掴めずに、大変時間がかかった記憶があります。
但し時間を掛けた分、個々の空間のシーンを鮮明にイメージしながら設計をしていった思いがあります。
その事はカメラマンの方から、この家は撮影するシーンがとても多いと言われ、確かに、私なりにそのとおりだと感じ、その言葉が逆に当時の設計態度を思い出させてくれました。
空間を貫く全体のコンセプトを通し、個々のディテールは抽象化させながら詰めて行く現在のスタイルとの違いを身近に感じ、懐かしく思いました。
シンプルでダイナミックな空間を造るためには今のやり方で良いのですが、それと同時に写真のアングルも平面の段階から或る程度予想がついてしまうような気がしました。
手法を身につけるに従い、同時に空間自体が非個性的になる方向とは。しかし空間における自分の個性とは意味がある事なのだろうか、等々。
この避けて通れない課題を自分なりによく考えておく必要があると考えた次第です。
一方変化していない部分とは、空間表現に関わる物の存在に対する、私の無意識の感じ方と言う抽象的な言い回しに止めておきます。
最後に、カメラマンの言われるままに居間に置いてあるテレビを外すと、今まで見慣れていた空間が、その奥にある骨格が表れた事により、別の空間のように感じた事に驚きました。
空間の質とそれを阻害している物の存在との関係を自覚した次第で、これは我々現代に生きる人間に共通した課題です。

2009/03/07

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