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第151回 野口泰司

『 すごい自然、すごい建築と出会う! 』

先月の25日(土)・26日(日)、area045の仲間15人ほどで建築を見る旅に出かけました。

そのことに関するコラムへの投稿がないようですので、私なりの個人的感想を記しながら8枚の写真を紹介してみたいと思います。 鳥取の三徳山三仏寺の投入堂、岡山の旧閑谷学校、吉備津神社の3つの国宝建築と、その途上で鳥取砂丘、故丹下健三の初期の作品倉吉市庁舎、磯崎新の岡山西警察署などに立ち寄りました。

25日(土)鳥取砂丘
早朝の飛行機、そしてバスの旅で寝ぼけ気味の身体に、ひんやりとした海からの風を心地よく正面から受けながら、山のように高く隆起した黄色の砂丘を登り切ると、見下ろすように大きな日本海が眼前に現れました。低く轟き押し寄せる白い波、その先に続く暗い海原。その上にどんよりと雲がおおい、さらにその上に広がる空。それらの眼下から頭上への重なりは、さらに、左右180度に展開する大パノラマをつくっていました。

三徳山三仏寺投入堂へ。
投入堂は、実はこの旅行のハイライトでしたが、私自身は大変無念ながら、投入堂に至る急峻な痩せ尾根状の坂道と岩場のルートのほぼ半ばに位置する文殊堂より少し登ったあたりで退却することとなってしまいました。
そそり立つような建物がその文殊堂ですが、左側の岩場を鎖頼りに登って、最上部の回廊状の濡れ縁から、眼下に三徳山の絶景(手すりもない塗れ縁床板下の高さを意識すると恐怖で身が引き締まる思いです)を、壁側に身体を擦り寄せるようにしてしばし楽しみました?
こうした恐怖にもつながる道のりの険しさと付き合う時間が人々の心を俗念から解き放ち浄化する仕組みとなっている、そう体感しました。
それにしても、こうしたかなりのスケールを持つ建築の軸組や仕上げ材を、このけわしいルートをどう運び、どう建ち上げたのでしょうか。


25日(日)
岡山の旧閑谷学校に向かう。
左右に長く延びるむっくりと大地からかまぼこ状に大きく盛り上がったような重量感たっぷりの石積みの塀。その向こうに、渋い薄赤こげ茶色の硬質な備前焼瓦で葺かれた講堂の大きな屋根。
写真の正門に向かって右端の通用門?から入ると、広大な長方形の広場をL字状に囲むように整然と並ぶ藩主池田光政を祀る閑谷神社、孔子を祀る聖廟、講堂。予想を超えてのスケールの大きさです。
それらを巡ると、質実、毅然、気骨、そうした創建にかかわった人たちの気迫がボディブロウのように効いてきます。

吉備津神社
急な石段を上ると、少し右にずれた位置に吉備津神社の見上げるように拝殿に出会います。その奥に本殿が続きます。
左手の広場にまわると比翼入母屋造りとよばれる独特の屋根をのせた本殿の側面がのしかかってくるようです。分厚く波打つその屋根や軒は異様なほどの巨大さです。
本殿右側面には、回廊が上下に起伏しながらこれまた異常なほど延々と一直線に続いています。
古墳時代、吉備では大和地方とは異なる文化を持つ豪族が勢力を誇示していたとのこと、その後裔がこの地方の鎮護の為に建立したという記述を読むと、この神社のほとばしるようなエネルギー、スケール、形、空間の異様さの謎が解けるような気がします。

私たちは、3つの国宝建築に出会いました。そして、共通して強烈に実感したのは、その時代の、関係した人たちの、「気迫」でした。「気迫」は建築の隅々に今も宿り、私たちの心を揺さぶりつづけていました。

2008/11/22

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