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第139回 服部郁子

『 3で割る 』

今、巷では3の倍数が面白いという。
私にとっては、何年か前に知った「3で割る」というのがするりと意識に納まってしまった。何を3で割るのかといえば、年齢をである。割った答えは1日の時刻になぞらえられる。甚だ飛躍しているのを承知でいえば時間軸でのフラクタルのように。
たとえば30歳なら午前10時のちょうど仕事に没頭している時間だし、60歳なら20時で、仕事を終え風呂からあがってくつろいでいる頃かもしれない。まあ建築家なら、30歳は出社早々だし、60歳はまだまだ仕事中だろう。
15歳の中学生などは早朝の5時、まだまだ健康な眠りの中にいるわけで目覚めのあとの1日に思いを馳せるにさえ至っていない。
大学生の我が娘は朝の7時過ぎである。そろそろ起こしてやる頃であるが、起きてから、今日1日をどのようにでも使うことのできる時刻であるのが羨ましい。
83歳になる母が、「私は今何時?」と聞いてくるのだが、もう一巡して明日になってしまっている。高齢化社会は夜更かし社会だ。
私はといえば、今はもうアフター5である。仕事はまだまだ終わらないが、残業中というところだろうか。
かつて見たテレビの番組で、試行錯誤しながら独自のイネの栽培方法に取組んでいる農夫が、どんなにやってもあと10回以上は米をつくれないのだと語るシーンがあって、自然を相手に生きることの厳しさを感じた。年に1回の収穫は自然との約束で違えることはできない。彼にとっては1年1年が容赦のない真剣勝負なのである。それにくらべれば、自分の仕事は随分融通がきくとその時は思った。しかし、人に与えられた時間は実は何にもまして平等に同じであるはずだ。自分の建築人生のなかであと何棟の家を設計できるのだろうかと、ふと思う。
2008/07/28

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