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第129回 栗原正明

『 梅について 』

横浜地方気象台によると、3日前の3月23日が桜の開花日だったそうだ。郊外にある私の仕事場の周りでも、ちらほらと咲き始めている。ところが今朝自宅の庭を見ると、梅の花がまだだいぶ残っている事に気が付いた。咲き始めたのは2月下旬だったので、もう1ヶ月も咲いている事になる。梅の花は長く楽しめるものだと、改めて感心した。

今は日本でただ花と言えば桜と言う事になっていて、外国の政治家を招くにも咲いている時期かどうかが問題になったりするようだ。しかしどうやら奈良時代までは、花と言えば梅の事だったらしい。中国の影響なのだろう。新春に咲くからと言うだけでなく、書き初めによく有る「梅凌霜雪放清香」(梅は霜雪を凌いで清香を放つ)と言う句のように、霜や雪に強く香りも良いと言う事で好まれたのかもしれない。

考えてみれば梅には他にも偉いところがたくさん有って、虫の被害は少なく、剪定によく耐え、寿命も長い。また白梅は実も楽しめる。これで紅葉も綺麗なら完璧だが、それではかえって興が無いと言うものだろう。いずれにしろ、梅は優れた木であるに違いない。

しかし優れているから好きなのかと聞かれれば、それはまた違うと言う事になる。そこで自分なりに梅を好きな理由を考えてみると、花にも木にも人の温かさが感じられる、と言う事が有るように思う。例えばどこで梅が見られるかを考えると、庭だったり畑だったり、私的な場所がほとんどで、しかもよく手入れをされている事が多い。咲いている花を見ると、それを植え、手を掛けた人の事まで自然と想像できてしまう。

そう言えば以前、山道を長く歩いていて、梅の花が咲いている人家に突然行き当たり、何とも言えず温かい気持ちになった事が有った。農家のような古い家の庭先に、人の背丈程の紅梅が見事に咲いていたのだが、あの時たとえ家が無く、花と木だけを見たとしても、同じような気持ちになれただろうと思う。

ところが、それがいつどこで起こった出来事なのかを思い出そうとしても、どうしても解らない。考え続けているうちに、ひょっとしたら夢か映画の中で見た一場面だったのか、あるいは何か絵を見て勝手に想像してしまったのかもしれない、と思うようになってしまった。いつまでも頭の中を探すより、まだ咲いている花を見ている方が良かったかもしれない。

2008/03/29

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