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第120回 増田 奏

『 暖炉と囲炉裏 』

暑い夏がやっと終わってくれたとおもったら、いきなり冷え込んできた。
(日本から秋が消えてしまうらしい)まもなく「火」が恋しくなってきそうだ。
部屋の中で火が燃えていると嬉しい。ワクワクしたり、癒されたりする。
暖房機械が設備された現代の居間では暖炉や囲炉裏にそれほど暖房効果を期待しているわけではない。だから「暖まる」より「温まる」。

これまで暖炉、囲炉裏、或はそのどちらとも言えぬもの、食卓に落し込んだ火鉢、いろいろと造ってきた。ところが最近、暖炉と囲炉裏の違いについてあらためて考える機会があった。暖炉と囲炉裏は何が違うのだろうか?
洋風か/和風か、壁にあるのか/床にあるのか、煙突があるか/無いか、薪か/炭か、ロッキングチェアか/あぐらか、ブランディーか/熱燗か・・・
いや、どれもこれも決定的ではない。

そこで私の判断ですが・・・これが至極即物的なのですが・・・
「燃え残りの灰を掃除するかどうか」という結論に達しました。
暖炉は毎回か或は時々は灰を掃いて捨てるが、囲炉裏はそのまま溜めておく。
というわけで、暖炉の火床はフラットだけれど囲炉裏の火床は壷状になっている。
だが、たったこれだけの違いで、使い勝手も手間も存在感も大きく違ってくる。
暖炉は「燃やす」のだが、囲炉裏は「燃えている」という感じになる。
暖炉は燃やすこと自体が目的であり、囲炉裏はそこで餅や肴を焼いたり炙ったりすることが目的である、と言いたい(と言いたくなる)。

「暖炉の前に英国紳士が5人いると、5通りの燃やし方がある。」とか言うのだ。
薪に火をつけるのにはコツがあり、それも各人各様のコツなので蘊蓄が生まれる。
英国紳士というところに妙なリアリティーがあり、ああだこうだ、やれヘタクソ、ほら俺が代わってやるとか、暖炉を前にした光景が目に浮かぶ例えである。
そしてこの例えには、微笑ましさと同時に馬鹿馬鹿しさも込められているだろう。
これに較べて囲炉裏は手間要らずだ。ほったらかしである。けなげですらある。
「そおいえば、さっきから燃えてたんだよね・・・」

2007/10/10

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