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第115回 北川裕記

『屋根にのぼって火を見る』

少し前のコラムで青木さんがお書きになっている通り、只今(現在8月7日)は花火シーズンの真っ只中です。私自身は、元来出不精なうえ、帰りの電車が混むのがたまらないので、東京近郊の花火を見にでかけることはまずありません。そのかわりに楽しみにしていたのが、地元町内主催の花火大会です。駅前の田んぼ(!)から打ち上げられる花火は、坂の上にある我が家の真正面で開きます。おかげで自宅に居ながら迫力満点で楽しめました。年によっては友人を大勢招いて、たいへん好評でした。と、いずれも過去形なのは、その花火大会が少なくとも今年、ひょっとするとこれからも行なわれないことになったからです。聞くところによると経済的な事情からだとか。とても残念です。

もう少しすると、8月16日。京都では五山の送り火があります。花火と同様、送り火もどこから見るかが重要です。今から十数年前、私は京都に住んでいました。当時高層化を巡って何かと話題を集めていた京都ホテルでは、建設中からすでに上層階の部屋やレストランには8月16日の予約や問合せが入っている、という話を聞きました。その年の8月16日、仕事熱心な私と同僚は、建設現場がお盆休みにも関わらず、現場事務所で作業をしていました。現場は北山。夜、仕事を終えた我々は建設中の屋上にビール持参で登りました。そこからは大文字山がすぐそこに見えます。皆考えることは同じのようで、お盆休み中の建設会社若手社員も彼女を連れて、そこに現れました。もちろん心根の優しい我々は、そのような行為を問題視し、それをネタに数々の無理難題を押し付ける、というようなことはまったくありませんでしたが、以後彼らの関わる数々の交渉場面で心なしか有利な立場にあったような気もします。

さて、そうして見た大文字山の送り火。近くで見られて良かったかというと、そうでもありませんでした。近過ぎて、火で描かれた「大」の文字が焚き火の点々の連なりにしか見えなかったからです。

2007/08/13

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