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第9回 中村高淑

『価値観の多様化と細分化』

なにやら野球界が揉めている。
僕は野球が好きだった。が、今は以前ほど熱くなれない。幽霊メンバー状態ではあるがかろうじて草野球チームに所属している。住宅の設計をしていると土日はクライアントとの打合せなどで休みにならないので、ほとんど出席できなくなってしまった。これも野球離れの原因のひとつではあるが、野球の面白さはプレーだけではないし、球場やTVでの観戦もとても楽しいものだった。

僕の野球離れのきっかけはハッキリしている。
原辰徳が監督辞任したのを期に、これまでの球団運営サイドに対しての不満もあって巨人ファンを辞めることにした。他のチームを応援しようと試みてみたものの、次第に野球への興味が薄れて行った。

どうやら僕は野球が好きというよりも巨人のスタープレーヤーが好きだったようだ。巨人を離れてみたら他のチームの選手のことはあまりよく知らない。長島・王・原といった歴代巨人の4番バッターや漫画の主人公に対仕手の憧れや興味を通して野球を見たりプレーしていたのだろう。今、球界を代表するスーパースターは海外でプレーしているし、好きな選手が見つけられない状況では日本のプロ野球を見てもいまひとつ熱くなれない。

興味があるのは野球だけではないので、他の趣味でも娯楽的要素は満たされる。応援したいチームが不在のまま何の不都合も無く今シーズンの幕が閉じた。
昔の様に娯楽の少ない時代とは違い、情報や価値観が多様化し細分化した現代では、今後の選手や経営者の努力によってもっと盛り上がったとしても果たして 国民的スポーツの復権までに至るのだろうか。

他の趣味でも変化が見られる。
昨年iPodを妻からプレゼントされて再び音楽を良く聴くようになった。忙しいとじっくり音楽を聴く余裕がない。僕にとってiPodの登場は WalkMan以来の衝撃だ。手軽にコレクションのすべてを持ち歩けるiPodのおかげで電車や車での移動時間がとても豊かな時間へと変わった。

ところが購入するCDの量は一向に増えないのである。理由は簡単、VAN HALENやKISSなんかの古いROCKを中心に聴いてるからだ。狭いジャンルしか聴かないうえにムーブメント自体が冷えており、往年の70〜80年 代のバンドは消えているか残っていても新譜がなかなかでない。幸か不幸か飽きっぽく無い性格と相まって欲しいCDはもう持ってる訳だから、LinkinParkのような生きのいいバンドが出て来ない限り新譜に触手が伸びない。

大きなバイクもすっかり乗らなくなった。250ccのオフロードバイクは日々の足としてよく乗るし、これはこれでバイクの原点ともいえる楽しさがある。 だが、鍛造ピストンを入れてボアアップした空冷1100ccのKAWASAKIは車検がきれたままカバーをかけて眠っている。忙しさもあって手のかかるバイクに気軽に乗れなくなったからだと思う。スピードへの興味が薄れると大排気量のカスタムバイクは途端に実用的でなく、所有欲さえ満たされていればそれで満足してしまった。いわば実物大のプラモデルだ。

乗りやすい300kmオーバーの高性能バイクにはまるで興味が無く、むしろ今はハーレーにゆったり乗りたいと考えている。その値段の高さとバイク仲間にハーレー好きが少ないことから宗旨替えに未だ踏み切れずにいるが、大型バイクにまた乗りたいという気持ちにさせる何かがハーレーにはあるようだ。

これらは僕の個人的な趣味におけるこれまた超個人的な嗜好だが、自身の年齢的な変化に加え、時代背景や世代に共通した傾向にもかなり影響を受けている様子がわかる。
文化や経済が成熟し、情報が増えると共に価値観が多様化して更に細分化する。そうなるとその嗜好のズレは全体にも影響する。

価値観が多様化して細分化すると野球ファン同士でも同じ言語で会話ができない、音楽ファン同士でもジャンルが違えば話しが噛み合わない、同じバイク乗りでも跨がるバイクに寄って人種が違う........。
大きな方向は同じでも思い入れが強くなればなるほど細かい差異が気になってくる。
他人からすればどうでもいいような個人的な嗜好の充足によって得られる安心感や満足感、これが人生にハリをもたらしているようだ。

住宅においても価値観の多様化と細分化によって建築家はその存在価値を見いだされているのだろう。
建築家に住宅の依頼する人の多くは程度の差こそあれ、こういった超個人的な嗜好の充足を目当てにやってくる人が多いと思う。家なら何でも好きという訳では無くむしろ好みの家以外では満足できないからこそ設計事務所の門を叩くのだろう。

僕らの世代は生まれたときから物が豊富にあり、情報が加速した現在では物に対するこだわりや愛着を持つ人が多い。家に対する情報や選択肢が増え、ニーズも細分化された現在、同じ価値観や夢とか憧れを共有できるパートナーの存在によって随分と捉え方が変わってくるように思う。

家造りそのものは間違いなく面白い。
それを楽しめるかどうかは多様化した家に関する価値観にマッチするパートナーの存在が大きいように思う。
このホームページをご覧になった方々には価値観の合うパートナーと一緒に家造りという一大イベントを是非楽しんでいただきたいと願う。
2004/09/30

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